Masukえ……。どうしてこんな女性もののピンヒールが……。
ということは、一弥さんの家の中に誰か別の女性がいるってこと……?
それを見た瞬間、胸がドクンと高鳴る。
今の一弥さんに限って、そんなことはないと思いたい──。
「あいつ……。戻ってくるの来週のはずだろ。もう今日来たのか──」
一弥さんはそれを見て心当たりがあるのか、小さく何かを呟いている。
だけど私は、それ以上知るのが少し怖くなって、思わず足を止め玄関の前で立ち止まってしまう。
「どした杏華」
「一弥さん……あの……私……」
「もしかして、この靴を気にしてるのか──?」
「私、このまま入っても大丈夫なのかな……」
俯きがちに小さく呟く。
すると、私をじっと見つめながら「杏華」と、名前を呼び彼はそっと近づく。
「大丈夫だ。お前が気にすることは何一つない。俺が大切にしたいのはお前とそのお腹の子供だ」
「一弥さん…
え……。どうしてこんな女性もののピンヒールが……。ということは、一弥さんの家の中に誰か別の女性がいるってこと……?それを見た瞬間、胸がドクンと高鳴る。今の一弥さんに限って、そんなことはないと思いたい──。「あいつ……。戻ってくるの来週のはずだろ。もう今日来たのか──」一弥さんはそれを見て心当たりがあるのか、小さく何かを呟いている。だけど私は、それ以上知るのが少し怖くなって、思わず足を止め玄関の前で立ち止まってしまう。「どした杏華」「一弥さん……あの……私……」「もしかして、この靴を気にしてるのか──?」「私、このまま入っても大丈夫なのかな……」俯きがちに小さく呟く。すると、私をじっと見つめながら「杏華」と、名前を呼び彼はそっと近づく。「大丈夫だ。お前が気にすることは何一つない。俺が大切にしたいのはお前とそのお腹の子供だ」「一弥さん……」「だから安心して、一緒に中へ入ろう」一弥さんは私の背中にそっと手を添え、足取り重くなってしまった私を、優しく部屋の中へと誘導してくれる。だけど、私は中にいるであろうその女性を確かめるのが怖くて、つい目を前方からは逸らしたまま、一弥さんと共にリビングへと歩みを進める。「一弥! ようやく帰ってきた!」リビングから彼の名前を呼び、待ち焦がれていたであろう声が響く。だけど、その声に聞き覚えがある気がして、私はその場で顔を上げる。すると──。「杏華ちゃん!」そこには、一弥さんのお姉さんである真琴さんが立っていた──。「真琴さん──!」私は真琴さんを見た瞬間、口を両手で覆い、そのまま言葉を失ってしまう。一定の距離を取りながら、お互い見つめ合う。真琴さんは、私を見ながら、穏やかに優しく微笑んでいる。「ごめ、ごめんなさい──!」私は少し泣きそうになりながら、真琴
「杏華。驚かせて悪かった」帰りの車の中、隣の席に座っている一弥さんが、唐突にそんな言葉を告げた。「え、何が?」「CÍYÀのことや財閥のことだ……」「あっ、あぁ。うん。正直ビックリしちゃった」「──すまない。結婚してたのに、そんなことも隠していたなんて呆れるよな……」一弥さんは申し訳なそさうに小さい声で呟いた。「でも……。あなたのその財閥には、いろいろあるんでしょ?」「え? ……あぁ、まぁ……」「あの頃の私たちは、所詮政略結婚だけの関係だったんだもの。あなたは私への気持ちもなかったし、私は綾乃の代わりで結婚しただけだった。本当のことを言わなくても仕方がないわ」あの頃から秘密の多い人だとは思っていた。だけど、愛されもしなかった身代わりの政略結婚相手の私が彼に何かを言う権利もないし、聞く勇気さえもなかった。しょっちゅう海外に行ったり、仕事で何日も帰ってこなかったり。どこかの社長さんだとは思ってたけど、何の仕事をしているのか父も一弥さんも詳しく教えてはくれなかった。「財閥のことは、家同士の問題だが、CÍYÀに関しては俺がすべて自分でやっていることだ。だからお前の家の父親も綾乃も当然知らない」「そうだったんだ……」確かに綾乃がCÍYÀの存在を知っていたら、血眼になって一弥さんもモデルも奪ってきそうだもの……。綾乃には話してなくて本当によかった……。「正直この業界に杏華が飛び込むことになって、少し戸惑いはあったんだ──」「どうして……?」「ある意味俺はこの業界で手に出来ないことはないし、何だって出来る権力も財力も正直ある」「うん……」「だけど、お前が本気でモデルという仕事に向き合っていると知って、俺はどこまでお前に手を貸すべきか迷った」「そうなの……?」「俺がCÍYÀや財閥の名前や力を出せば、それこそ今回のように何でも出来てしまう。だけど、一人自分の力で新
一弥さんがこの雑誌のすべてを買い取ったことで、神崎さんの撮影したものはなくなり、そのあとからは私メインのCÍYÀの撮影へと変更。そのあとすぐに私だけの撮影に切り替え、用意してくれたドレスに似合うメイクを夏希に仕上げてもらうことになった。夏希は、CÍYÀのドレスを着た私のメイクを出来ることを、とても興奮し心から喜んでくれた。そしてヘアメイクが仕上がり、そのドレスを着て、再度スタジオのセットへと戻ると──。そこには、さっきにはなかったCÍYÀのドレスが更に魅力的に見える素敵なセットが組まれていた。私はそのセットを見て、うっとりする。あの場所で、私はこのCÍYÀのドレスを着て撮影するんだ──。「──杏華」すると、一弥さんがそばまでやって来て声をかける。「一弥さん」後方に来た一弥さんの方へ振り向き、私は返事をする。だけど、振り向いた瞬間、一弥さんが目を見開いたまま、私の姿を見て固まってしまっている。「一弥さん……? どうかした──?」私が声をかけると、ようやくハッとした顔になり、私と視線を合わす。「いや……。思ってた以上に、杏華が綺麗すぎたから、言葉を失ってしまった──」「──え」ストレートにそんな言葉を言われて、私は驚いてしまう。「杏華。そのドレス姿。よく見せてくれないか──」「あっ、うん」私は少し恥ずかしく思いながらも、少し離れ一弥さんにドレス姿を見せる。「──うん。今までで一番綺麗だ。よく似合ってる」しっかりその姿を見てくれた一弥さんは、満足そうに微笑み私に伝える。「──ホント?」「あぁ」「嬉しい」「CÍYÀを作ってよかったよ──」一弥さんは呟くような声で、そんな言葉を言った。私がこのCÍYÀのドレスを着て嬉しいと思うように、一弥さんも私が着ることで、そんなふうに思ってくれていたらいいのに。
その思いもよらない夢みたいな彼の言葉に、私はうまく言葉が出てこなかった。あまりの感動のその言葉に、瞳が潤み、ただそのまま彼を見つめてしまう。こんなにもたくさんの人に囲まれながらも、彼は私を今までにないほど甘く優しく見つめる。「──杏華」そして、彼は優しく見つめながら、手を差し出す。私はそんな彼の瞳とそこにいるだけで大きな包容力を感じるその雰囲気に、私は自然と彼を見つめながらその手に自分の片手をそっと重ねた。すると彼は、優しく微笑む。「これからお前をこのCÍYÀで、極上のモデルとして輝かせてやる」「一弥……さん……」そう呟くだけで、私はいっぱいいっぱいになる。彼の一つ一つの言動に、私は心臓が飛び出るほどドキドキして、息をするのも忘れそうになる。周りの人たちがいることも気にならなくなってしまうほど、私は目の前の素敵な彼に吸いこまれるように、彼のすべてに釘付けになる。こんなお姫様のように扱われて、私は映画やドラマの世界に飛び込んだかのような幸せで不思議な感覚になってしまう。どうしよう……幸せすぎて泣きそう……。こんなに幸せな出来事が私に起きるなんて信じられない……。夢なら絶対醒めないで……。どうか私からこの幸せを奪わないで……。遠くから見ている人たちが自然と私たちを囲み、中心の広い空間へと彼が手を引き、二人だけの空間へと誘う。私は彼から目を離せないまま、彼に手引かれ一歩一歩彼の方へと足を進めて行く。「お前の真の美しさを俺に見せてくれ、杏華」その中心で立ち止まると、彼は私を見つめながらそう告げた。「はい……」私は壊れそうになるほど高鳴る胸を手で抑えながら、彼を見つめ静かに呟いた。そんな私を見つめ嬉しそうに微笑む彼。「じゃあ、あとは任せてくれ」「──わかった」私が頷くと、彼は私から手を離し、今度はCÍYÀのオーナーらしく、周りの人たち
彼のその言葉に周りの人たちは衝撃を受け言葉を失い、その瞬間静寂に包まれた。「は……? あのCÍYÀのブランドが、まさか……こいつの……?」神崎さんは、少し震え気味の声で呟く。「え……一弥さんのブランド……?」私も驚きながらも静かに彼に尋ねる。「あぁ、そうだ」すると、彼は私をまっすぐ見つめながら、力強く答えた。「CÍYÀのブランドは今まで世間にオーナーを公表しておりませんでしたが、我が桐生財閥の桐生一弥様こそが、正真正銘世界最高峰ブランドCÍYÀのオーナーです」秘書の守屋さんが、今まで明かしてこなかった衝撃の事実を告げた。「嘘……だろ……。CÍYÀ(シーヤ)……一弥(ICHIYA)……。そういうことか……!」神崎さんはその事実を聞き、悔しそうに隣で呟く。「え……桐生財閥……。桐生さんって、そんな財閥のすごい人だったの!?」「世界中の有名人でも会うことも知ることも出来なかった、あのCÍYÀのオーナーがここにいるとかヤバすぎなんだけど!」周りはどんどんそのすごさを受け入れて、また騒ぎ始める。「守屋。すべて用意出来たか」「はい。ご指示通り、杏華様のために、今季のCÍYÀの未発表の最高級ドレスと、パリの本店で厳重に保管されておりました非売品の10億円の価値がある最高級ジュエリーをお持ちいたしました」守屋さんはそう言いながら白い手袋をはめ、重厚なトランクケースを開き、そこからそっと大切そうにケースを取り出す。そのケースを開くと、そこにはたくさんのダイヤが散りばめられた、この世のものとは思えないほど鮮やかに美しく光り輝いたネックレスが入っていた。「うわっ、あれが10億円!?」「ダイヤの量と輝きハンパじゃないんですけど!」「杏華さんのために10億円の非売品のダイヤを用意するなんて、この二人どんな関係!?」周りでは、更にそれを見て口々に呟いていく声も、私はどこか映画を見ているような現実離れしたことに思えて、た
一弥さんが急にストップしたことで、周りがざわざわとざわつき始める。「おい! マネージャー! 何勝手に止めてんだよ!」ちょうど私に触れようとした神崎さんの動きが止まり、矛先は一弥さんの方へと向く。「それ以上汚い手で杏華に触れないでくれ」「……は? 何言ってんの? お前。おたくんとこのモデルのために、こっちは衣装やスタッフ手配してんだぞ。今更仕事降りるとか許されないんだけど」当然怒り心頭になっている神崎さんは、一弥さんにその怒りをぶつける。だけど一弥さんは平然とその話を聞いている。そして神崎さんの話を聞き終わった瞬間、ふっと下をふうつむきながら笑う。「誰が降りると言った」「──は? お前このまま続けるつもりかよ。それなら撮影にマネージャーごときが、うるさく口挟むんじゃねえよ!」「──ここからはもうお前の出番はない」「何言ってんの? これは俺のために用意された企画だぞ」「この瞬間に、それは杏華独占の撮影に切り替わった」「独占……?」「お前に本物の一流はどんなものか見せてやる」そう言った瞬間、スタジオにスーツを着た少し場違いな人たちが入ってきて、何やら重厚なトランクケースのようなものを次々と運び入れていく。「え……あのロゴってまさか、世界的有名なブランドの『CÍYÀ(シーヤ)』じゃない?」「うわっ、あの刻印光りまくってんじゃん。嘘ッ、あれ本物のゴールド!?」「セレブしか手に出来ないCÍYÀのブランドがなんでこんな場所に……?」運び込まれていくそれらを見て、スタッフさんが騒ぎ出す。そのブランドは私でも知っているものだった。いや、知っているというレベルにまでなってもいないかもしれない。この前、夏希に、このCÍYÀのブランドの話を聞いたところだったからだ。夏希が将来関わってみたい夢のような憧れの存在のブランドがあると言っていたのが、このCÍYÀだった。このCÍYÀは世界中のセレブしか手に出来ない高級ファッションや高級ジュエリーなど、あらゆるファッションの最高級品を扱うハイブランド。日本でそれを手に出来る人も、ごくわずかの本当のセレブのみらしい。私にはそんな世界に当然縁もないし、関われるような人間でもなかったから、夏希に聞くまでそんなことさえも知らなかった。隅の方で私を見守っていた夏希も、そのブランドを見つけて目を見開き
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに
【プロローグ】 初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影







